第十一回 「死ね死ね団」結成 そして「吉本印天然素材」へ
■「俺、もう古なってるやん……」
――
前回は「ラジオ関西で過激な番組をやるうちに、吉本興業と溝ができはじめた」というところまで、お話を伺ったのですが。
ぜん
「ラジオでやってるような笑いを劇場でもやるでしょ。すると、まったくウケないんですよ。完璧にズレてるんです」
――
たとえば、どんなネタだったんですか?
ぜん
「客席にインド人を仕込むんです。インド人が客席でカレーを食べてるんです。僕がそれを注意すると、インド人が怒鳴りながら舞台にあがってきてね。『オマエニ、カレーノ味ヲ教エニ来タンヤ』って言うんです」
――
うん。うん。う〜ん……。
ぜん

「最後にふたりで肩を組んでね、そんで終わるんです」

――

……それはまたシュールというか、なんというか。でも話を聞いているかぎりでは、面白いような気もするんですが。観ていないので、なんとも言えないんですけど。

ぜん
「いやもう妄想そのままの舞台ですわ。僕がそんなことばっかりするから、スタッフがどんどん離れていってしもうて」
――
しかし、当時のうめだ花月ならそのネタでウケないのも仕方ないでしょうが、心斎橋筋2丁目劇場は実験も受け容れる場所だったでしょう? そんな場所でお客さんがまったく笑わないというのが、ちょっと解せないのですが。
ぜん
「いや、そういう時期だったんです。2丁目劇場はもともとダウンタウンさんの本拠地。ダウンタウンさんが盛りあげはった場所じゃないですか。ダウンタウンさんたちが東京に移りはって、お客さんが芸人を観る態度も違ってきたんですよ。脚組んで『ジブンら、オモロイのん?』『ダウンタウンで笑ったウチらを、あんたら笑わせられんのん?』みたいなね。笑いに来てるわけじゃないんです」
――
なるほど。ダウンタウンが2丁目劇場を去り、次の2丁目ブームまでの端境期だったんだ。
ぜん
「僕だけじゃなく、誰もウケないんです。ウケてんのは矢野兵動だけ。漫才らしい漫才をしてるコンビだけなんです。でもそんななか、衝撃を受けた人たちがいましてね」
――
それは、どなたですか?
ぜん
「雨上がり決死隊です。それまでよそのコンビを、あんまり観てなかったんです。初見でビックリしましてね。『うわ! ポップやな〜。おもろいな〜』と思ってね。そんで自分を振り返ったんですよ。『俺、もう古なってるやん……』と」
■「心が動かされた人たちで、新しい笑いのユニットが作りたい」
――
それまで、ぜんじろうさんが若手のトップだったのに、気がつけば後ろにはもう次の世代が迫ってきてたと。
ぜん
「それから気をつけて他のコンビのネタも観るようにしはじめたんですけど、みんなオモロイんですよ。ナインティナイン、バッファロー吾郎、FUJIWARA、チュパチャプス、へびいちご、打ち負かされましたよ。こんなオモロイ連中がいたんやと。そんで、だんだん客に腹が立ってきてね。『こんな凄いやつらがいっぱいおんのに、なんでウケへんねん!』って」
――
確かに当時の大阪のお客さんは保守的でした。面白くても、名前を知らない人たちの芸では笑わないという頑なところがありましたもんね。
ぜん
「そうなんです。ウケないのは、ただ単に舞台での経験が少ないだけなんです。学習する機会が少ないだけなんですよ。そんで僕のアンテナに引っかかった、心が動かされた、新しい笑いを作ってる人たちを集めてユニットが作られへんかなと思ってね。そうすれば、みんなもっと人前に出れる機会が増えるんとちゃうかと。それが『死ね死ね団』なんです」
――
死ね死ね団は話題になりましたもんね。しかし、なんでまたそんな縁起でもない名前に? レインボーマンの敵組織の名前に似てますが、そっから取らはったんですか?
ぜん
「いえ。当時、楽屋で『おもろいのに、いっこも笑いやがらへん。今日の客、死ね!』『客なんか死んだらええねん』って、いっつも言ってたんです。そっからです」
――
なるほど(笑)。構成メンバーは?
ぜん
「僕、雨上がり決死隊、ナインティナイン、FUJIWARA、バッファロー吾郎、*ジャドリストです。そして、その傘下に『アパッチ予備軍』いうのを作って、そこにチュパチャプス、へびいちご、*フラワーチルドレンがいました」
――
しかし凄いメンバーですよね。現在のお笑いシーンを牽引してる人たちばっかりじゃないですか。個人的にはバッファロー吾郎とジャドリストの2組にはド肝を抜かれました。こんな面白い人たちがいたんだって。初めて観たときの衝撃は、いまも忘れられないです。もう15年も前になるのか……。
ぜん
「ほんま、おもろかったですよ。それで吉本の泉さんに、『死ね死ね団いうのを作りましたんで、観てください』って言うたんです。そしたらこれが、えらいおもろがってくれてね。さっそく日テレに動いてくれて、いきなり番組を持つことになったんです」
――
トントン拍子じゃないですか。ぜんじろうさんの思惑、大成功ですよ。
ぜん
「さらに東京吉本から*TEAM−0も加わって。『死ね死ね団いう名前もナンやから、吉本印天然素材にしよう』いうことになりまして」
――
おお! 遂に『てんそ』の誕生ですね!
ぜん
「そうなんです。……ただ、自分はこのままの構造でいけると思ってたんですよ。思うじゃないですか、やっぱり。それがいつの間にか『ダンスせえ』いうことになって、だんだん『あれ? 自分の手を離れて、仕事になってきてるぞ』と気付きはじめたんです。いや、仕事になるのはいいんですけど、最初はもっと趣味性の強いものにしようと思ってたんです。自分のなかでは、こういう仕事仕事した感じになる予定ではなかったんですよね……」

 こうして、ぜんじろうの発案により、お笑いの歴史に今もなお極太な字で刻みこまれる伝説のユニット「吉本印天然素材」が誕生した。
 しかし、多くの読者は、こう思うのではないだろうか。「あれ? 『てんそ』にぜんじろう、いたっけ?」と。なぜ、ぜんじろうの名は天然素材から消されたのか。次回、その謎を解き明かす。ぜんじろうの名が抹消された痛恨の一夜、どうぞハンカチをご用意ください。

*ジャドリスト 石野桜子と相沢千穂による女性コンビ。猛烈なスピードでボケをかぶせあうノンツッコミスタイルと、カンフーを駆使したバイオレンスなコントで観る者を震えあがらせた。石野桜子は現在、ナレーターなどで活躍。
*フラワーチルドレン 末谷富士雄・悦和則による長身コンビ。
*TEAM−0 山崎邦正・軌保博光によるコンビ。軌保は現在、路上詩人。
 
TEXT■吉村智樹 撮影・協力■零まどか 木の葉燃朗
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